17日。
今日は阪神大震災から19年が経ちました。
私の知っている阪神大震災はほんの少しです。
でも、東日本大震災を経験し、恥ずかしながら始めて目を向けるようになりました。
手紙のやり取りをさせていただいている方は
東遊園地で開かれる「阪神淡路大震災1.17のつどい」に参加できると嬉しそうに連絡がありました。去年は体調が悪く参加できなかったが、ここで息子さんの話をしたり、同じような経験をされた方々の元気な姿を見るのが勇気になるそうです。
そして、年々年を重ねていくことでご自身の体調もいつまで元気に入れるか。。。少しでも長く生きて息子を供養していくことが目標だと以前の手紙にもありました。
昨日はあさイチという番組で
絵本「優しいあかりにつつまれて」
が紹介されていました。
― 阪神大震災で一歳半のしょう君をなくされたママが、成人式を迎えるしょうくんに、しょうくんの想いを綴った絵本を用意することになったという話と、東日本大震災で8ヶ月の息子さんが行方不明のママが、娘に伝えるために書いた、二話収録となっています ―
公式HP http://yasashiiakarinitutumarete.web.fc2.com/
当時は笑うことも悪いと思っていた。自分が生きていることに罪悪感を感じていたとおっしゃっていたママが、今笑顔でいることは娘さんの為にしょうくんの為だとおっしゃっていたことがすごく印象的でした。ママがしょうくんと会うときに色んな話が出来るように一生懸命に生きるとおっしゃっていたことも心に残りました。
私も、子供を失ったばかりのときは、自分が死ぬことばかり考えていました。自分が代わりになればよかったと。。。このママがこう思えるようになったのは、19年という時間ではなく、19年の間にかかわった人たちのおかげなんだとも言っていました。
人との関りは時として辛く苦しい時もありますが、温かく包んでくれる方が身近にいるということも大切なんだと思います。
今日は色々な思いに包まれながら、まずは亡くなられた方のご冥福をただただ祈り、そしてつなげていけるものがあれば、つなげていきたいと思いました。
2014年1月17日金曜日
2013年11月28日木曜日
素敵な絵本
2013年10月27日日曜日
時薬
悲しみは月日と共に薄れていく
という言葉の意味を持つ「時薬(ときぐすり)」
この「時薬」の効果というのはどのようなものなのか。
この「時」は半年、3年、5年、10年、30年、、、、
どのくらいなのだろう.....
確かに、当時のことを思い出すと
毎日毎日涙が溢れ出し、胸が苦しく、張り裂けそうな日々は
時と共に薄れてくると思います。
でも「泣くこと=悲しみ」ではなく、「泣けない悲しみ」に変化していたような。
たまに思い出す悲しみが、とてつもなく心を刺すような苦しい悲しみだったような気もします。
そして、やっぱり、「時が薬」ではなく、
向き合ってきた自分自身の頑張りなんだと思います。
そんなことを思い出しながら
きっと、きっと、まだまだ2年半という月日の中で
色々な思いとぶつかっているのかなと想像していました。
そして、、、、
食べることが美味しく感じ、楽しみを見つけられるようになった自分があるならば
認めていい気持ちなんだと思います。
昔、私も必要以上に自分をいじめていた時期がありました。
でも、ある絵本の出会いから自分を大切にしようと感じるようになりました。
それが、お空に先にいるあの子達の願いなんだと。
悲しみはいつかきっと
優しさだったり
思いやりへと
変化していくものなのだと私は信じています
という言葉の意味を持つ「時薬(ときぐすり)」
この「時薬」の効果というのはどのようなものなのか。
この「時」は半年、3年、5年、10年、30年、、、、
どのくらいなのだろう.....
確かに、当時のことを思い出すと
毎日毎日涙が溢れ出し、胸が苦しく、張り裂けそうな日々は
時と共に薄れてくると思います。
でも「泣くこと=悲しみ」ではなく、「泣けない悲しみ」に変化していたような。
たまに思い出す悲しみが、とてつもなく心を刺すような苦しい悲しみだったような気もします。
そして、やっぱり、「時が薬」ではなく、
向き合ってきた自分自身の頑張りなんだと思います。
そんなことを思い出しながら
きっと、きっと、まだまだ2年半という月日の中で
色々な思いとぶつかっているのかなと想像していました。
そして、、、、
食べることが美味しく感じ、楽しみを見つけられるようになった自分があるならば
認めていい気持ちなんだと思います。
昔、私も必要以上に自分をいじめていた時期がありました。
でも、ある絵本の出会いから自分を大切にしようと感じるようになりました。
それが、お空に先にいるあの子達の願いなんだと。
悲しみはいつかきっと
優しさだったり
思いやりへと
変化していくものなのだと私は信じています
2013年10月10日木曜日
たまに聞いて欲しいとき。
ほっといて欲しい時も多々あった。
でも、無性に聞いて欲しいときもあった。
大好きな人の名前が、日常の中で聞けなくなったとき
凄く寂しくなる。
皆さん、どうしているのだろう
お話できる人が周りにいるといいな
私はもっぱらネットの中で話していた
誰に言うわけでもなく、誰かに聞いて欲しくて
でも、無性に聞いて欲しいときもあった。
大好きな人の名前が、日常の中で聞けなくなったとき
凄く寂しくなる。
皆さん、どうしているのだろう
お話できる人が周りにいるといいな
私はもっぱらネットの中で話していた
誰に言うわけでもなく、誰かに聞いて欲しくて
2013年8月24日土曜日
お盆
お盆というと…
若い頃は、ちょっと面倒な日でした。
特にお嫁に行ってからは、なれない台所仕事に
親戚への対応とため息をつく時もありました。
でも、今はまったく変わってきました。
お盆の起源は分らないそうですが、祖先の霊が子孫のもとを訪れて交流する行事が
仏教の行事となっていったようです。
そう、こうして忙しくしているのは親戚をお迎えするだけではなく
亡くなられた方への心なしのおもてなしなんだと思うようになり
送り火や、盆だなの用意、毎日のお供え物の準備など苦にならなくなりました。
特に、地域の風習というものには色々な意味があって、その一つ一つが
亡くなられた方への想いそのものなんだと思います。
地域では故人が帰ってこれるように通り道を草刈をするような風習もあるようで
目には見えないけど、目を閉じてそこにいるような・・・
そんな感じになれるお盆でした。
今年のお寺の入り口に書かれていた言葉は
心のうち
聞いてもらいに
墓参り
会いたいと願う、生きているものの願いや祈りが込められた
お盆という行事に、精一杯の気持ちを込めてお迎えしました。
若い頃は、ちょっと面倒な日でした。
特にお嫁に行ってからは、なれない台所仕事に
親戚への対応とため息をつく時もありました。
でも、今はまったく変わってきました。
お盆の起源は分らないそうですが、祖先の霊が子孫のもとを訪れて交流する行事が
仏教の行事となっていったようです。
そう、こうして忙しくしているのは親戚をお迎えするだけではなく
亡くなられた方への心なしのおもてなしなんだと思うようになり
送り火や、盆だなの用意、毎日のお供え物の準備など苦にならなくなりました。
特に、地域の風習というものには色々な意味があって、その一つ一つが
亡くなられた方への想いそのものなんだと思います。
地域では故人が帰ってこれるように通り道を草刈をするような風習もあるようで
目には見えないけど、目を閉じてそこにいるような・・・
そんな感じになれるお盆でした。
今年のお寺の入り口に書かれていた言葉は
心のうち
聞いてもらいに
墓参り
会いたいと願う、生きているものの願いや祈りが込められた
お盆という行事に、精一杯の気持ちを込めてお迎えしました。
2013年8月4日日曜日
夏本番になってきました。
久しぶりの日記です。
7月とというのに、梅雨の間中の東北は長袖で過ごすほど涼しい日が続いていました。
8月、ようやく梅雨明けです。
急な暑さに負けないようにと心がけ、熱い飲み物を飲むようにしています。
さて、家族のものが調子が悪く、なかなかPCに向かう時間も余裕もありませんでした。
こうしてみると、健康と言うのはありがたいものなのだと思います。
悪い方向に向かわないと、今のありがたさを忘れてしまいます^^;
震災以来、挨拶を交わすようになった方がいます。
その方と、お話しているときに
実は、何年か前に娘さんを病気で亡くしたと話してくださりました。
当時、娘さんにはまだ小さい子供さんが三人たということ。
孫達を自分がかわりに育てて、今はすっかり大きくなったのよと。
あなたのように、子育てをしている母親を見ると、親の愛情を受けて育つ子供達が羨ましいと
話していました。
いつも、笑顔の裏に大変な想いを抱えていらっしゃるのだと始めて知りました。
話される表情から、娘さんを失った悲しみと、お孫さんへの優しい気持ちが読み取れました。
物腰の柔らかい、本当に素敵なおばあちゃんです。
最愛の方を亡くすという事は経験しない方がいい事は確かです。
でも、悲しみを抱えて生きている方の表情は、深い優しさを生むような気がします。
私は失った命をどう、自分の中で受け止めていくのか
あの子達は何を教えてくれたのか・・・考える時があります。
鏡の中の自分の顔を眺めては、あのおばあちゃんの様な優しい表情になりたいなと思いました。
亡くなった方を偲ぶと共に、亡くなられた方がきっとギリギリまで強く思われた
「生きたい」と願った時間を私達は生きているのだから、
日々笑顔になれるよう生きていけたらと願います。
そして、子供達にも出来るだけの愛情を注ぎたいとも思いました。
(なかなか出来ない事でもありますが)
子供を失った当時の日記、悲しみを綴った日記を久しぶりに読み返していました。
今見ても、涙が溢れます。
忘れていた思いもあり、こうした日記はそのまま、
あの子への思いなんだと振り返ることができました。
お腹の中で亡くなったので、形見はないのですが、この日記があの子の形見として
可愛い缶に保管してあります^^
私の中では、あの子が生きていたら・・・という思いは、正直かなり薄いです。
当時、交流を持たせてもらった方から、「与えられた時間を精一杯生きたのよ」
という言葉をもらいました。
確かに、お腹の中での5ヶ月という月日は短いけれど、
沢山の喜びや愛おしさを与えてくれた時間でもあったのは事実で
あの子が与えられた人生の長さと理解しているからかもしれません。
そして、口では言いませんが私の中では(失った二人の子の数を加えた)4人のママという気持ちが
とても強いです。
あの子達がいたおかげで、今がある。
私達夫婦の間に、きてくれて本当にありがとう。
失った、9月が近くなるたびに思い出す気持ちでした。
八月はお盆の季節、迎え火をたいてお迎えしたいと思います。
7月とというのに、梅雨の間中の東北は長袖で過ごすほど涼しい日が続いていました。
8月、ようやく梅雨明けです。
急な暑さに負けないようにと心がけ、熱い飲み物を飲むようにしています。
さて、家族のものが調子が悪く、なかなかPCに向かう時間も余裕もありませんでした。
こうしてみると、健康と言うのはありがたいものなのだと思います。
悪い方向に向かわないと、今のありがたさを忘れてしまいます^^;
震災以来、挨拶を交わすようになった方がいます。
その方と、お話しているときに
実は、何年か前に娘さんを病気で亡くしたと話してくださりました。
当時、娘さんにはまだ小さい子供さんが三人たということ。
孫達を自分がかわりに育てて、今はすっかり大きくなったのよと。
あなたのように、子育てをしている母親を見ると、親の愛情を受けて育つ子供達が羨ましいと
話していました。
いつも、笑顔の裏に大変な想いを抱えていらっしゃるのだと始めて知りました。
話される表情から、娘さんを失った悲しみと、お孫さんへの優しい気持ちが読み取れました。
物腰の柔らかい、本当に素敵なおばあちゃんです。
最愛の方を亡くすという事は経験しない方がいい事は確かです。
でも、悲しみを抱えて生きている方の表情は、深い優しさを生むような気がします。
私は失った命をどう、自分の中で受け止めていくのか
あの子達は何を教えてくれたのか・・・考える時があります。
鏡の中の自分の顔を眺めては、あのおばあちゃんの様な優しい表情になりたいなと思いました。
亡くなった方を偲ぶと共に、亡くなられた方がきっとギリギリまで強く思われた
「生きたい」と願った時間を私達は生きているのだから、
日々笑顔になれるよう生きていけたらと願います。
そして、子供達にも出来るだけの愛情を注ぎたいとも思いました。
(なかなか出来ない事でもありますが)
子供を失った当時の日記、悲しみを綴った日記を久しぶりに読み返していました。
今見ても、涙が溢れます。
忘れていた思いもあり、こうした日記はそのまま、
あの子への思いなんだと振り返ることができました。
お腹の中で亡くなったので、形見はないのですが、この日記があの子の形見として
可愛い缶に保管してあります^^
私の中では、あの子が生きていたら・・・という思いは、正直かなり薄いです。
当時、交流を持たせてもらった方から、「与えられた時間を精一杯生きたのよ」
という言葉をもらいました。
確かに、お腹の中での5ヶ月という月日は短いけれど、
沢山の喜びや愛おしさを与えてくれた時間でもあったのは事実で
あの子が与えられた人生の長さと理解しているからかもしれません。
そして、口では言いませんが私の中では(失った二人の子の数を加えた)4人のママという気持ちが
とても強いです。
あの子達がいたおかげで、今がある。
私達夫婦の間に、きてくれて本当にありがとう。
失った、9月が近くなるたびに思い出す気持ちでした。
八月はお盆の季節、迎え火をたいてお迎えしたいと思います。
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