2011年9月27日火曜日

ピックアップ記事 祖父が悲しみの手記 「泥の中の孫を息子はみつけた」

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祖父が悲しみの手記 「泥の中の孫を息子はみつけた」(SANKEI EXPRESS

 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/disaster/507121/

息子は執念で泥に埋まった孫の遺体を見つけた。東日本大震災の津波にのまれた岩手県釜石市の避難所で長男の妻と6歳の孫が犠牲になった釜石市定内(さだな い)町の無職、菊池通幸(みちゆき)さん(63)が産経新聞に手記を寄せた。孫の姿を求め遺体安置所を回った1カ月間の苦しみ、泥だらけの遺体と対面した ときの悲しみ。手記には残された家族の癒えぬ傷がつづられている。

■お父さんの執念
《4月7日 歯みがきをしていたら辰弥から電話が入り、涼斗(すずと)が見つかったと、ふるえる声で連絡が来た。私もあわてた》
震災があった3月11日、長男の辰弥さん(35)の妻、琴美さん=当時(34)=と、体調不良で保育園を休んだ長男の涼斗君=同(6)=は、釜石市鵜住居 (うのすまい)町にある琴美さんの実家にいた。2人は近くの鵜住居地区防災センターに逃げ、津波にのまれた。センターは直前の津波訓練で避難先になってい た。
辰弥さんは職場、長女の風音(かざね)ちゃん(3)は保育園にいて無事だった。琴美さんの遺体とは18日、遺体安置所で対面した。セ ンター2階で見つかり、《間違いなく琴ちゃんだった。きれいな顔をしていた。本当に残念でくやしい》。顔に化粧をして浴衣を着せ、納棺した。
火葬は済ませたが、涼斗君が見つかるまで葬式を執り行う気にはなれず、辰弥さんらと遺体安置所やセンターを捜し歩く。《センターの東側河川方向を捜索したが、どうしても発見できない。時間だけが過ぎていく。気があせる。他人の写真、アルバムを発見して届ける日々が続く》
4月3日にはセンターでテーブルなどの下敷きになっていた女性の遺体を見つけた。《ひざをついた状態で前かがみになり、顔が泥の中にべったり付いていた。腕には手提げバッグがありました》《かわいそうすぎる。手を合わせ泣いた。孫のことを思うと心配で心配で泣けてくる》
■「毎日泣く日々」
7日に涼斗君の遺体を見つけたのは辰弥さんだった。毎日のように捜し回ったあのセンターの1階で、両手足や顔が泥に埋まっていた。額をぶつけ、鼻血を出した跡もあった。「2階で引き波でさらわれ、琴ちゃんと離れ離れになったのではないか」と思い、胸が締め付けられた。
《何回も見てる場所なのに見つけてやれなかった。本当にごめんな、ごめんな…。辰弥はやっぱりお父さんの執念で涼斗につながったと思った。お父さん、涼斗ここにいるよ、ここだよと言ったと思う》
湯につけたタオルできれいに遺体をふき、パジャマを着せて棺に納めた。大好きなポケモンのグッズ、4月の小学校入学式で履くはずだった革靴を入れた。
8日にセンターで警察による大規模な捜索が行われたというが、思いは複雑だった。《早くやれば、早く発見できたと思うと腹が立ってしょうがない。多くが避難した場所で死人も多く、行方不明者も多い現場を後回しにした》
9日には火葬場へ向かう際に保育園先生たちが駆け付けた。園長が卒園証書を読み上げたとき、無念で涙がこみ上げた。《毎日泣く日々。でも2人そろって葬式ができてよかった》
葬式は23日に遠野市内の寺で行われ、保育園の子供たちも参列。祭壇の前で涙を流す子供たちに女性の先生が「さあ歌いましょう」と声をかけ、みんなが涼斗君のために歌った。
震災から2カ月が過ぎたた今も9000人以上が行方不明で、多くの家族が不安、焦りに苦しみ続ける。
《いまだに発見されず、行方不明の皆さんが1日も早く見つかるよう祈るだけです》
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≪避難場所で犠牲「うやむやにしたくない」≫
東日本大震災から2カ月近く過ぎた5月上旬、菊池通幸さんは手帳の記録と記憶を頼りに手記をしたため始めた。長男の妻の琴美さん、孫の涼斗君が命を落とした場所が津波訓練の避難先に設定されていたことを「うやむやにしたくない」と思ったからだ。
岩手県釜石市によると、現場の鵜住居地区防災センターは地震直後に逃げる1次避難所ではなく、地震後の避難生活を送る拠点避難所。だが震災8日前の訓練で、釜石市は高齢者の体力に配慮して住宅地にあるセンターを避難先にした。
震災時、大勢が訓練通りに避難して50人以上が犠牲になった。野田武則市長は3月下旬、「訓練でセンターを避難場所にしたことは市側の甘さ」と答えたが、菊池さんは「市から説明を受けておらず納得できない」と憤る。
妻子を失った辰弥さんと風音ちゃんは夜、仏壇のある茶の間で寝る。風音ちゃんは保育園から帰ると、仏壇に「お母さん、お兄ちゃんただいま」と話しかける。そして「お母さん、お兄ちゃん遅いね」と聞いてくることもある。
菊池さんは誓う。「涼斗の分も、風音を守り、幸せにする」
(高久清史/SANKEI EXPRESS





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